ケロケロぴーの未知標パート2

家主ケロケロぴーの思い出し思い出しの日記です。

民話と陶芸の作品展

 民話と陶芸の作品展が明日から始まります。今日準備に出かけました。
 今回、民話は二編。「山の中の大穴のタニシがうなっていた」「すり鉢池にカッパがいた」程度の話をそれぞれ話を膨らませて作りました。
 民話も話の舞台をめぐったりしているだけで終わっているので、今回は、形にすることができてよかったです。
 
 場所:YAZUEN(豊橋市多米中町)
     0532-63-6711
 期間:2008年2月16日より3月7日まで
     8時半から18時まで営業(毎週水曜、第一火曜定休)

カッパの話『笑うカッパ』はこちら
  『笑うカッパ』

 加助は、多米村の端っこに近い、すり鉢池のほとりにぽつんと座っていた。
「今年の米は不作だ」
 さっき田んぼで見た稲穂は、小さくて軽かった。  
「だめだぁ。これじゃ、食っていけねえ」
 加助の女房の腹の中にはややがいた。冬の前に生まれるややだ。
「三人は食っていけねえ」
 加助は、大きく息をはいた。池の水に、しょげた加助の顔が映る。
 加助は、子どもの時に、この池で遊んでいて、おぼれたことがあった。その時、誰かが助けてくれた。加助は気を失っていたので覚えていなかったが、村で、加助を助けたという人はいなかった。村の人は、
「きっと、すり鉢池のカッパが助けてくれただ。加助は運がええ」
と皆言っていた。
「運なんてええもんか。女房もらったくらいで、他にゃあ何もねえ」
 池に映る加助の姿がゆらゆらゆれた。加助の頬から落ちる涙で、池の水が小さくゆれた。
「女房一人が冬を越す米くらいはあるだろう。いっそ」
 加助は、池の中にざぶざぶと入っていった。この池は、すり鉢池。どんどん深くなっていく。
 ざぶざぶ、ざぶざぶ。加助は水をかきわけるように、池の真ん中に進んでいった。そのうち、顔があぷあぷして、息が苦しくなっていった。
(死にたくない)
 加助は、急に、生まれてくるややの顔を見たくなった。
「た、助けてくれ」
 加助は手足をばたばたさせた。加助の体は、池の中に沈んでいった。加助は、精一杯手を伸ばしたが、もう遅い。
(すまんかった)
 加助の頭の中は泣いている女房の顔しか浮かばなかった。息も苦しくなった。
(誰か……)
 すると、加助の腕を誰かがきゅっとつかんだ。加助の体は、ひゅんと、水の外へ放りだされた。
 げほっげほっ
 胸の奥まで泥が入ったように苦しかったが、加助は、自分がさっきまで座っていたすり鉢池のほとりにいることに気づいた。
 ケケケケケケ、ケケケケケケ
 笑い声のような音が聞こえてきた。加助は何とか顔を上げるが、目の前の景色がぼんやりしていて、よく見えない。けれど、誰かが、加助の様子をのぞきこむように見ていた。
 ケケケケケケ
 もう一度その声がし、どぼんと池に飛び込んだ。
 ケケケケケケ、ケケケケケケ
 笑い声は、だんだん小さくなっていった。どこかで聞いた声だった。
(そういえば、昔、おぼれた時も、こんな笑い声を聞いたぞ。もしかして……)
 加助は怖くなって、走って家に帰った。女房は、びたびたに濡れている加助に驚いたが、加助の話を聞くと、
「そりゃあ、カッパが助けてくれただらぁ。あんたは、ほんとに運がいい」
と笑った。女房の笑い顔を見て、加助も笑った。
「来年の夏になったら、カッパにきゅうりでも持っていくか」
 カッパのおかげか、加助の田んぼの稲は、刈り入れどきになると、女房の腹と同じように日増しにふっくらふくらんでいったそうだ。
 いつのころからか、「多米村のすり鉢池のカッパはいいやつだで、池に行く時は、カッパの好物のきゅうりを持っていくといい」などと言われるようになった。カッパの笑い声と、どぼんという水音が、今でも聞くことができるかもしれない。

コメント

売れちゃった

2月9日の写真のタニシ(?)二つ、売れてしまいました。偶然、知っている方に購入していただけたので、タニシちゃんがどこにいるかわかっているのでいいのですけど。売約済みって紙をはられて、最終日以降に渡されるのかなと思ってましたが、そのまま、買った方のところにいっちゃうんですね。きちんとした写真を撮ってなかったので、少しさみしいですが、記憶の中にとどめておくことにします。

  • 2008/02/24(日) 00:23:20 |
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