


※下山の狐塚のお話を書きました。
『うららか旅日記』
トミエさん、トシオさんは、熟年夫婦。トミエさんは最近、膝が痛くなるので、遠出をしなくなりましたが、ある日、トシオさんが、
「なあ、温泉でも行くか」
なんて、気のきいたことを言い出しました。
トミエさん、はたと考えました。せっかちなトシオさんは、昔から計画して出かける人ではないのです。ホント、思いつきで動く人。
(それでも困ったこと、一度もなかったわね)
てなわけで、行き当たりばったりの温泉旅行が始まりました。トシオさんの運転です。
「山の方に行きゃあ、どっか、いい宿あるで」
春のやさしい色の山を見ながらの二人旅。山小屋風のステキな喫茶店を見つけ、ランチを食べると、マスターに、
「この辺にいい温泉宿はありませんか」
と、トシオさんが尋ねました。
「川沿いを走っていくと、いい宿があるぞん」
とのこと。そして、見送るマスターから一言。
「狐にばかされんようにのん」
それを聞いたトミエさん、
(ふふふ、田舎の人は、そんなことを言う)
と、目を細めて笑いました。
ところが、川の近くの道を走っていっても、宿らしきところは出てきません。運転手のトシオさんも、あせってきました。
「あそこの寺で、場所を聞いてこよう」
大きなイチョウの木のあるお寺を指差し、寺の駐車場へ入っていきました。
お寺の入り口では、待っていたかのように、ひょろひょろの和尚さまが立っていました。
「おお、塚の前の温泉宿じゃな。それだったら、この道をひゅっと行って、しゅっときたら、くっと曲がったとこじゃ」
和尚さまは、細い体をくねらせながら、道の曲がる所を教えてくれました。
「ひゅっと行って、しゅっときて、えーっと……」
トシオさんがしどろもどろになると、
「ひゅっと行って、しゅっときたら、くっじゃ」
「はい、わかりました。ひゅっ、しゅっ、くっ、ですね」
トシオさんもついつい、体をくねらします。
「そうじゃ、そうじゃ」
トシオさんは、「ひゅっ、しゅっ、くっ」と、何度も呪文の様に唱えながら運転しました。車はひゅっと調子よく走りましたが、山道をぐるぐる回るだけで、温泉宿は見つかりません。トミエさんも不安になりました。
(そういえば、マスターが狐にばかされないようにって言っていたけど、このことかしら)
車の中で、同じ姿勢をしていたので、トミエさんは膝が痛くなってきました。隣のトシオさん、そんなトミエさんの姿を見て、どこかで休憩しようと思いました。すると、曲がり道の手前で何かがしゅっと車の前を横切りました。
「ひゅっ、しゅっ、くっ」とトシオさんはつぶやくと、ハンドルを大きく回し、くっと曲がりました。
「あっ、温泉宿!」
確かに、宿と塚が道をはさんで建っています。
「いらっしゃいませ」
髪をしばった女将が大きな声で出迎えてくれました。部屋に案内された二人は、急に力が抜けて、フーと座り込みました。
「遠くからおいでですか?」
女将は、二人にお茶を入れてくれました。
「いえいえ。大きなイチョウの木があるお寺の和尚に教えていただいたのですが、迷ってしまって。それで少し疲れてしまいましたの」
「あのかっぷくのいい和尚さまですね」
(あら、和尚はひょろひょろの方だったけど)
「あれは何をまつっているんですか?」
トミエさんは、窓から見える、大きな石の上の塚を指差しました。
「ああ、あれは、狐塚というんですよ」
(やっぱり狐にばかされちゃったのね)
トミエさんはくすりと笑いました。あらあら、トシオさん、疲れちゃったのかしら。座椅子にもたれて、居眠りし始めちゃいました。
(モデル地…旧下山村・狐塚、大聖寺)
Author:ケロケロぴー
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